言語化。
言語化する、についてnoteに書いたが、https://note.com/pontecial/n/n764b916aab28
そもそもでnoteが書きにくくてちょっと思うように書き切れなかった。
言語化する事の重要性はもはや周知の事実。
そして「深掘りする」という方法も同様。
他の業界でもあるのかもしれないが、IT系ではよく「障害」「事故」などを起こした時に
“なぜなぜ分析”みたいな調査が行われる事がある。
格好良い名前が付いている場合もあるけど、基本的には質問され、
その回答に対して「なぜ」を聞かれる地獄のような会です。
例えばAという設定を入れなければならない場所にBという設定を入れてしまい不具合を起こした。
という報告に対し「なぜそのような間違いが起きたのか」を深掘りするのだが
大抵の場合、質問する人が「深掘り」について理解していないので
なぜBという設定をいれたのか→うっかり間違ってしまった
なぜうっかりしたのか?
うっかりに理由なんてあるか?と思うんですよね。
どうしてもさらに掘り下げたいなら「うっかり」が発生するような状況があったのかどうか、を探るべきで
うっかりを掘り下げるのは無理だと思うんですよね。
例えば「時間的な制約に追われていた」とか「いくつも似たような作業を同時にしていた」とか
うっかりを引き起こす要因に着目して、その状況が生まれた原因までたどり着いたら、
うっかりの再発を防止する策に辿り着くんですが、脳死直下掘り野郎は「うっかり」の岩盤を突き破れず
「うっかり」が根本原因です、というアホな報告を客に入れる事になる。
つまり言語化、深掘り、細分化には、それを行うための考え方やナレッジが必要で、
ただ言葉にすりゃいいってもんじゃない、という話。
noteに書いたように、時に
「これ以上分解できない単語」
「その言葉の意味を他の言葉で言い表す事が難しい単語」
にブチあたる事がある。
これにブチ当たった時にどう対処するか、がノウハウだと思う。
たとえば・・・
僕は小学校2年の時に千葉県の小学校から神奈川県横浜市の小学校に転校した。
千葉県の学校では足し算引き算だったのに、横浜市の学校では既に九九の7の段をやってた。
僕は地域によって教育格差や進み具合が違う事を知らないし、何故か両親もそこには関心がなかったのか
九九に足し算で挑むという苦行を強いられ、当然敗北する。
そして、僕は算数落ちこぼれ組になり、大人になった今でも算数は脊髄反射で苦手だ。
例えるなら、元値に対して「3割引き」。
これがパッとわからない。
能力としてわからない、という以前に脳が考えるのを停止しようとする。
1000円のものに対しての3割引きはわかりやすいが、すさまじく半端な数字・・・
720円の3割引きvs財布には500円玉と10円数枚。
買えるのか、買えないんか
最近ではそこに更に消費税が乗る。
こういう状況は以前ならもう戦いを放棄して、買わない。
スマホの電卓を使うと負けな気がする。
なんの話しているのか分からなくなってきたが、
こんなバカでも、わかる土俵で組み立てて行けば結果に辿り着く場合がある、って話。
例えば1割、ならわかる。
720円の1割は72円だ。3割は1割の3個分だから72+72+72。
その結果を720円から引くと3割引き後の値段が出て、
今は消費税が10%だから、さらに1割を足して・・
みたいな計算が出来る人から見るとバカげた遠回りだが、
例えば足し算と引き算だけでも同じ結果に辿り着くことは出来る。
何が言いたいかというと
「バカだからわからない」とか「知識がないから言語化ができない」は
思考停止に近い、という事。
最終的に何が言いたいかというと「僕は算数が出来ない」という事ではなく
感覚的に「難しい」と思う事を感覚のまま「難しいからやらない、出来ない」と思わないこと。
わからないなら、なんでわからないのか、を書き出してみる、とかも始まりには良いかも知れません。
僕は小学校から算数をやり直した方が良いかも知れません。